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社会課題解決におけるデザイン思考「問題定義」フェーズ:課題の構造化とPoV設定の実践ガイド

Tags: デザイン思考, 問題定義, PoV, How Might We, 社会課題解決, ワークショップ

はじめに

「インパクト・デザイン・ガイド」をご利用いただきありがとうございます。本サイトは、デザインの力で社会課題を解決するための実践的なプロセスやツールを紹介しております。デザイン思考の理論を学び、その可能性を感じながらも、実際の社会課題へどのように応用すればよいか、プロジェクトをどのように進めればよいかという疑問をお持ちの読者の方も少なくないでしょう。

デザイン思考プロセスにおいて、「共感」フェーズはユーザーの真のニーズやペインポイントを理解する上で不可欠なステップです。しかし、共感フェーズで得られた膨大な情報をどのように整理し、具体的な解決すべき課題へと落とし込むのかは、多くの実践者が直面する課題でもあります。本記事では、その次のステップである「問題定義」フェーズに焦点を当て、共感で得られた洞察を構造化し、明確な「解決すべき課題」として定義するための実践的なアプローチを解説いたします。PoV(Point of View)ステートメントの作成方法から、具体的な解決策のアイデア出しにつながるHow Might We(HMW)質問の生成まで、ステップバイステップでご紹介いたします。

「問題定義」フェーズの重要性と目的

デザイン思考における「問題定義」フェーズは、共感フェーズで収集したユーザーの深層的なニーズや課題、洞察を基に、「解決すべき真の課題」を明確にする段階です。このフェーズが不十分であると、その後のアイデア創出やプロトタイピングの方向性が定まらず、効果的な解決策を生み出すことが困難になります。

問題定義の目的は以下の通りです。

  1. 解決すべき課題の明確化: ユーザーの表面的な要求ではなく、その奥にある根本的な課題(ニーズやインサイト)を特定します。
  2. チームの共通認識形成: プロジェクトチーム内で、解決すべき課題に対する共通の理解を醸成します。
  3. アイデア創出の方向性設定: 明確に定義された課題は、その後のアイデア創出フェーズにおけるクリエイティブな発想を導き、焦点を絞る役割を果たします。
  4. リソースの効率的活用: 無駄な方向へのリソース投入を防ぎ、真にインパクトのある解決策に集中できるようにします。

社会課題解決の文脈においては、問題が複雑に絡み合い、関係者も多岐にわたるため、この問題定義フェーズの重要性は一層高まります。多角的な視点から課題を構造化し、誰もが納得できる形で問題を定義することが求められます。

洞察の整理と構造化

共感フェーズでは、インタビュー、観察、エスノグラフィ調査などを通して、多種多様な情報が収集されます。これらの生データをそのままにしておくのではなく、パターンを発見し、重要な洞察を抽出するために整理と構造化が必要です。

1. 情報の分類とグルーピング(アフィニティダイアグラム)

収集したデータ(メモ、写真、録音からの書き起こしなど)を付箋に書き出し、壁やホワイトボードに貼り付けます。関連する情報をグルーピングし、それぞれのグループにタイトルを付けます。このプロセスを「アフィニティダイアグラム(親和図法)」と呼びます。

実践のヒント: * 一人ひとりのユーザーの発言や行動を具体的に記述した付箋を用意します。 * 類似性のあるものを集め、自然なカテゴリを形成させます。 * カテゴリ名は、そのグループの「意味」や「本質」を表すように簡潔に記述します。 * この過程で、ユーザーの「言うこと(Says)」「考えること(Thinks)」「行うこと(Does)」「感じること(Feels)」といった要素を意識すると、より深い洞察が得られやすくなります。

2. ユーザーのニーズ、インサイト、ペインポイントの特定

グルーピングされた情報の中から、ユーザーの具体的なニーズ、深層的なインサイト、そして不満や苦痛の源であるペインポイントを特定します。

具体的な例(高齢者の地域コミュニティ参加促進の場合): * ニーズ: 「地域活動に参加したいが、情報が手に入りにくい」「外出するきっかけがほしい」。 * インサイト: 「新しい場所に行くことに抵抗があるのは、慣れない環境での失敗を恐れているからだ」「誰かに誘ってもらえれば、安心して参加できると感じている」。 * ペインポイント: 「地域活動の情報が広報誌や回覧板ばかりで、見落としがちである」「一人で参加することに不安を感じる」。

これらの要素を明確にすることで、問題定義フェーズの次のステップであるPoV作成のための基盤が築かれます。

PoV(Point of View)ステートメントの作成

PoVステートメントは、「誰が(ユーザー)、どのようなニーズを持ち、その背景にはどのようなインサイトがあるのか」を簡潔に記述するものです。これにより、解決すべき課題の焦点が明確になり、チーム全体で共通認識を持つことができます。

PoVの構成要素

PoVは以下の3つの要素で構成されます。

  1. ユーザー(User): 解決策の対象となる具体的な人物像。ペルソナを設定している場合はそのペルソナが該当します。
    • 例: 「地域での繋がりを求める高齢者」
  2. ニーズ(Need): ユーザーが何を求めているのか、何が必要なのか。動詞を用いて表現します。
    • 例: 「安心して地域コミュニティに参加する機会」
  3. インサイト(Insight): なぜそのニーズがあるのか、その背景にあるユーザーの深層的な感情や動機。
    • 例: 「慣れない場所や活動への参加に不安を感じ、失敗を恐れているから」

PoV作成のステップと具体例

PoVステートメントは、共感フェーズで得られた複数のニーズとインサイトを組み合わせて作成されます。

ステップ1: 共感フェーズで特定したユーザー、ニーズ、インサイトをリストアップします。

ステップ2: 以下のテンプレートに沿って記述します。 「[ユーザー]は、[ニーズ]を必要としている。なぜなら、[インサイト]であるからだ。」

PoVステートメントの例(高齢者の地域コミュニティ参加促進の場合):

地域での繋がりを求める高齢者は、安心して地域コミュニティに参加する機会を必要としている。なぜなら、慣れない場所や活動への参加に不安を感じ、失敗を恐れているからだ。」

このPoVは、単に「高齢者がイベントに参加できない」という表面的な問題ではなく、「安心して参加できる環境がないことへの不安」という深層的な課題を浮き彫りにしています。これにより、解決策を考える際の視点がより本質的なものになります。

HMW(How Might We)質問への変換

PoVステートメントが作成できたら、次はそれをアイデア創出に繋がる「HMW(How Might We)質問」に変換します。HMW質問は、PoVを「どのようにすれば私たちは〜できるだろうか?」という問いかけの形にすることで、創造的な解決策を導き出すためのフレームワークです。

HMWの目的と効果

PoVからHMWへの変換方法

PoVステートメントをHMW質問に変換する際には、以下のガイドラインを参考にしてください。

  1. 「ユーザー」を主語にする: PoVのユーザーが抱える課題を解決するための問いにします。
  2. 「ニーズ」や「インサイト」を解決の対象にする: ユーザーのニーズやインサイトに直接働きかける質問を形成します。
  3. 具体的な解決策を直接示唆しない: 特定のソリューションに縛られない、広い視野でのアイデアを促す質問にします。
  4. 複数のHMW質問を作成する: 一つのPoVから複数の異なる角度のHMW質問を生成することで、多様なアイデアを引き出します。

PoVステートメント: 「地域での繋がりを求める高齢者は、安心して地域コミュニティに参加する機会を必要としている。なぜなら、慣れない場所や活動への参加に不安を感じ、失敗を恐れているからだ。」

HMW質問の例:

これらのHMW質問は、アイデア創出フェーズにおけるブレインストーミングの強力な出発点となります。

問題定義フェーズのワークショップ設計

問題定義フェーズは、チームで集中的に取り組むワークショップ形式で実施することが効果的です。以下に、ワークショップ設計の考慮点と推奨ツールを紹介します。

ワークショップ設計の考慮点

  1. 参加者: プロジェクトチームのメンバー全員が参加することが理想的です。多様な視点を持つメンバー(デザイナー、エンジニア、マーケター、社会課題の専門家など)を含めることで、より多角的で深い洞察が得られます。
  2. 時間配分: 収集した情報の量やチームの経験によって異なりますが、半日〜1日程度の時間を確保することをお勧めします。
    • 情報の整理・グルーピング: 60-90分
    • ニーズ・インサイト・ペインポイントの特定: 60分
    • PoV作成: 60分
    • HMW質問作成: 60分
    • 各ステップの間に休憩や議論の時間を設けます。
  3. ファシリテーション: ワークショップを円滑に進めるためのファシリテーターを置くことが重要です。ファシリテーターは、時間管理、議論の誘導、参加者の意見を引き出す役割を担います。
  4. 準備: 共感フェーズで得られた全てのデータ(インタビュー記録、写真、観察メモなど)を事前に整理し、全員がアクセスできる状態にしておきます。

推奨ツールとその活用法

これらのツールを適切に活用することで、チームの創造性と生産性を高め、効率的に問題定義フェーズを進めることができます。

実践的な注意点とよくある課題

問題定義フェーズを効果的に進めるためには、いくつかの注意点とよくある課題を理解しておくことが重要です。

  1. 問題の範囲設定(スコープ):

    • 課題: 定義される問題が広すぎると、解決策のアイデアが拡散しすぎて焦点が定まりません。逆に狭すぎると、本質的な解決に繋がりません。
    • 対策: PoV作成時やHMW質問生成時に、チームで議論を重ね、どこまでを自分たちの影響範囲とし、解決の対象とするか明確な合意を形成します。必要に応じて、大きな問題を複数のサブ問題に分割することも有効です。
  2. 既存ソリューションへの固執を避ける:

    • 課題: ユーザーのニーズやインサイトを深掘りする前に、すでに頭の中にある解決策に引きずられてしまい、本当に解決すべき問題を見誤ることがあります。
    • 対策: 「私たちは〜を解決するために、〜をしたい」ではなく、「ユーザーはなぜ、そのようなニーズを抱えているのか」という問いに徹底的に向き合います。アイデア創出はHMW質問ができてから、というルールを徹底します。
  3. チーム内での合意形成:

    • 課題: 問題定義フェーズの成果物(PoV、HMW)に対するチームメンバー間の理解度や納得度にばらつきがあると、その後のフェーズで意見の対立が生じやすくなります。
    • 対策: 各ステップで議論の時間を十分に確保し、全員が納得できるまで対話を繰り返します。特にPoVやHMWを決定する際には、その根拠となるユーザーデータやインサイトを具体的に示し、共通理解を深めます。
  4. 仮説としての問題定義:

    • 課題: 問題定義は絶対的な真実として捉えられがちですが、実際には共感フェーズで得られた情報に基づく「仮説」です。
    • 対策: 定義した問題は、プロトタイピングとテストフェーズで実際にユーザーに検証されるべき仮説であることをチーム全体で認識します。必要であれば、テスト結果に基づいて問題定義を再検討する柔軟性を持つことが重要です。

まとめ

本記事では、デザイン思考における「問題定義」フェーズに焦点を当て、社会課題解決に向けた実践的なアプローチを解説いたしました。共感フェーズで得られた洞察をアフィニティダイアグラムで整理し、ユーザーの真のニーズとインサイトを特定することから、PoVステートメントを作成し、さらにアイデア創出へと繋がるHMW質問を生成するまでの一連のプロセスをご紹介しました。

明確な問題定義は、その後の解決策の質を大きく左右する重要なステップです。曖昧な課題に取り組むのではなく、本質的なニーズに基づいた具体的な問題を設定することで、より大きな社会的インパクトを生み出す可能性が広がります。

本ガイドが、皆さまが社会課題解決プロジェクトを推進される上で、具体的な実践の手助けとなれば幸いです。次回の記事では、この問題定義フェーズを経て導き出されたHMW質問から、どのように革新的なアイデアを生み出すかについて解説する予定です。引き続き「インパクト・デザイン・ガイド」をご活用ください。