社会課題解決のためのデザイン思考「共感」フェーズ:ユーザー深掘りとニーズ発見のフレームワーク
はじめに
「デザインの力で社会課題を解決する」という理念のもと、本サイトは実践的なプロセスやツールを提供しています。社会が抱える複雑な課題に取り組む際、表面的な問題解決に留まらず、その根底にある真のニーズを理解することが不可欠です。デザイン思考の中核をなす「共感(Empathize)」フェーズは、この本質的な理解を深めるための重要なステップとなります。
デザイン思考の理論は理解しているものの、実際の社会課題への応用方法や、具体的な実践方法、特に「共感」フェーズでどのように深い洞察を得るかに課題を感じる方も少なくないでしょう。本記事では、社会課題解決に特化した共感フェーズの進め方、ユーザー深掘りの具体的な手法、そしてニーズを発見するためのフレームワークを詳細に解説します。
デザイン思考における「共感」フェーズの意義
デザイン思考は、人間中心のアプローチを通じて革新的なソリューションを創出する手法です。その第一歩である共感フェーズは、解決すべき課題を抱える人々(ユーザー)の視点に立ち、彼らの経験、感情、動機、ニーズ、そして課題を深く理解することを目指します。
社会課題は多層的かつ複雑であり、多くの場合、複数のステークホルダーが関与しています。例えば、環境問題一つとっても、政策立案者、企業、地域住民、NPO、研究者など、多様な立場の人々がそれぞれの思惑や制約を抱えています。このような状況において、共感フェーズは以下の点で特に重要な意義を持ちます。
- 本質的な課題の特定: 表面的な事象だけでなく、その背景にある根本的な原因や感情的な側面を掘り下げます。
- 多様な視点の統合: 複数のステークホルダーの視点を取り入れ、課題の全体像を立体的に把握します。
- バイアスの排除: 自身の固定観念や仮説にとらわれず、客観的にユーザーの声に耳を傾け、事実に基づいた理解を形成します。
- 受容性の高いソリューションの創出: ユーザーが真に求めるもの、受け入れやすい形での解決策を導き出す基盤を構築します。
社会課題の真のニーズを捉えるための深掘りアプローチ
共感フェーズを実践する上で、体系的なアプローチと適切なフレームワークの活用が不可欠です。以下に、具体的なステップとツールを紹介します。
ステップ1: ターゲットユーザーとステークホルダーの特定
社会課題解決においては、直接的なユーザーだけでなく、その課題に影響を受ける、または影響を与える全ての関係者を考慮に入れる必要があります。
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ステークホルダーマップの作成: 課題に関連する個人や組織を洗い出し、それらの関係性、影響力、関心度合いを可視化します。これにより、誰に焦点を当てるべきか、誰から情報を得るべきかの優先順位付けが可能になります。
- 実践のヒント: 中心に課題を置き、その周囲にステークホルダーを配置します。影響力の大きさで円の大きさを変えたり、関係性の強さを線で示したりすることで、視覚的に理解を深めることができます。
ステップ2: 深い洞察を得るためのリサーチ手法
ターゲットユーザーとステークホルダーを特定したら、彼らの世界に深く入り込み、一次情報を収集します。
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定性調査の重視: アンケート調査のような定量的なデータだけでなく、インタビュー、行動観察、フィールドワークといった定性的な手法を通じて、ユーザーの感情、未言語化のニーズ、行動の背景にある動機を深く理解します。
- インタビュー: ユーザーの語りから深い洞察を得るための主要な手法です。「なぜそう思うのですか」「その時どのように感じましたか」といったオープンエンドの質問を多用し、深掘りを行います。
- 行動観察・フィールドワーク: ユーザーが日常的に行動する現場に出向き、実際に彼らの行動や環境を観察します。言葉にならない課題や無意識の行動から、重要なヒントが得られることがあります。
- 共感的傾聴: 相手の言葉だけでなく、声のトーン、表情、ジェスチャー、沈黙など、非言語情報にも注意を払い、相手の感情や意図を理解しようと努めます。自身の解釈や判断を保留し、まずは受け入れる姿勢が重要です。
ステップ3: 収集した情報の構造化と可視化
収集した膨大な情報を整理し、パターンや共通のテーマを見出すために、以下のフレームワークを活用します。
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共感マップ (Empathy Map) の作成: ユーザーが「何を言っているか (Says)」「何を考えているか (Thinks)」「何をしているか (Does)」「何を感じているか (Feels)」の4つの視点から情報を整理し、ユーザーの全体像を理解します。さらに、「痛み (Pains)」と「喜び (Gains)」も加えることで、課題とニーズが明確になります。
- 実践のヒント: 付箋紙を活用し、各カテゴリに具体的な情報や引用を書き出します。チームで共有し、議論することで、多角的な視点からユーザー像を構築できます。
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ユーザー(カスタマー)ジャーニーマップの作成: ユーザーがある目標を達成するまでの一連の行動、感情、タッチポイントを時系列で可視化します。これにより、特定の体験におけるユーザーの「痛み」や「喜び」の瞬間、そして潜在的な改善機会を発見できます。
- 実践のヒント: ジャーニーの各フェーズでユーザーの思考、感情、行動を詳細に記述し、課題や機会を特定します。社会課題においては、行政手続きや地域活動への参加プロセスなど、具体的なシナリオを設定することが有効です。
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ペルソナの作成: 収集した情報に基づき、理想的なターゲットユーザー像を具体的に記述した架空の人物像です。年齢、職業、生活スタイル、価値観、目標、フラストレーションなどを詳細に設定することで、チーム全体で共通のユーザー理解を醸成します。
- 実践のヒント: ペルソナは固定的なものではなく、新たな洞察が得られるたびに更新し、常にユーザー理解を深めるツールとして活用します。
ステップ4: 洞察からのニーズと課題の抽出
構造化された情報から、具体的なニーズと解決すべき課題を明確にします。
- 「Why-How」分析: 特定の行動や感情に対して「なぜそうなっているのか」を問い、さらにその「なぜ」に対して「どのようにすれば改善できるか」を問いかけます。これにより、問題の根源と解決の方向性が見えてきます。
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POV (Point of View) ステートメントの作成: 「[ペルソナ]は[ニーズ]を必要としている。なぜなら[インサイト]だから」という形式で、ユーザー、ニーズ、そしてその背景にある深い洞察を簡潔に表現します。これは、次の「定義(Define)」フェーズへ移行するための強力な土台となります。
- 具体例: 「高齢者は、自宅で孤立感を感じているため、地域との継続的なつながりを必要としている。なぜなら、外出機会の減少とデジタルデバイドにより、社会参加の機会が失われていると感じているから。」
実践的ワークショップ設計のヒント
共感フェーズをチームで効果的に進めるためには、ワークショップ形式の活用が有効です。
- 目的の明確化: ワークショップの開始前に、何のために共感フェーズに取り組むのか、どのような成果を得たいのかを明確に共有します。
- 多様な参加者の招集: 異なる背景や専門性を持つ人々(開発者、デザイナー、マーケター、社会福祉士、当事者代表など)を招集し、多角的な視点を取り入れます。
- アクティビティの組み合わせ: インタビューの練習、ロールプレイング、共感マップやジャーニーマップの共同作成など、座学と実践を組み合わせたアクティビティを設計します。
- ファシリテーションの重要性: 中立的な立場のファシリテーターが、議論を活性化し、全員が安心して意見を共有できる場を創出します。発言を促し、時間を管理し、脱線を防ぐ役割を担います。
まとめ
社会課題解決におけるデザイン思考の「共感」フェーズは、表面的な解決策に陥ることなく、真に人々の生活を向上させるための基盤を築きます。ターゲットユーザーとステークホルダーの特定から始まり、定性調査による深い洞察の獲得、共感マップやジャーニーマップによる情報の構造化、そしてPOVステートメントを通じたニーズの明確化へと続く一連のプロセスは、実践的なフレームワークとして活用できます。
共感フェーズで得られた深い理解と洞察は、その後の「定義」「発想」「プロトタイプ」「テスト」といった各フェーズにおいて、常にユーザー中心の視点を保ち、より効果的で持続可能なソリューションの創出を可能にします。ぜひ本記事で紹介したアプローチを参考に、皆さんの社会課題解決プロジェクトに活かしてください。